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名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)640号 判決 1974年11月14日

原告 橋本三男破産管財人 平田省三

被告 国

訴訟代理人 伊藤賢一 ほか三名

参加人 勅使河原順三

主文

一、破産者橋本三男に対する名古屋地方裁判所昭和四一年(フ)第七四号破産事件において、原告が金六、三七六万六、三〇二円の破産債権を有することを確定する。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、本訴訟により生じた訴訟費用はこれを四分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

四、補助参加により生じた訴訟費用は補助参加人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、破産者橋本が昭和四一年六月二〇日名古屋地方裁判所昭和四一年(フ)第七四号破産事件において破産宣言を受けた事実、および原告が昭和四一年八月二六日右破産事件において、破産者に対する金二、二〇〇万円の損害賠償債権と昭和四〇年四月二五日から昭和四一月八月二六日までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金債権金四七八万五、六四八円、合計金八、六七八万五、六八四円の破産債権届出をしたところ、昭和四一年一〇月七日の債権調査期日において、破産管財人である被告より右届出債権の一部金七、六〇六万二、〇〇二円について異議が述べられた事実については当事者間に争いがない。

二、<証拠省略>によれば、原告は訴外麦島建設に対し、昭和四〇年四月二〇日現在、すでに納期限の経過した昭和三七年度ないし昭和三九年度源泉所得税及び法人税(各本税、加算税、延滞税、滞納処分費)合計金一、三三〇万九、二一九円の租税債権を有していたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三、そこで、訴外麦島不動産の破産者に対する損害賠償債権について判断する。

1  <証拠省略>を総合すれば、

(1)  訴外麦島建設は破産者より昭和三九年一月二一日、履行期を同年三月二〇日として手形貸付の方法で金一、〇〇〇万円を借受けたところ、訴外麦島建設と代表者(麦島善光)を同じくする訴外麦島不動産は右同日、麦島建設の右債務を担保するため破産者との間にその所有にかかる本件土地につき、譲渡担保契約を締結して本件土地の所有権を破産者に移転し、同日売買の形式によりその登記を経由したこと(本件土地がもと麦島不動産の所有であること、及び登記経由の点について当事者間に争いがない)、

(2)  右譲渡担保契約においては、麦島建設が履行期までに金一、〇〇〇万円を返済すればその完済と同時に本件土地を麦島不動産に返還し所有権移転登記をすること、及びその間破産者は本件土地について譲渡、物権、担保権等の設定その他一切の処分行為並びに原状変更行為をしてはならない旨の約定が付されていたこと、

(3)  麦島建設は、右履行期である昭和三九年三月二〇日までに利息分を支払つただけで手形の決済がつかず金一、〇〇〇万円の返済ができなかつたこと、そこで、破産者の承諾の下に手形の支払期日の書替をなし、履行期を一か月延期したがなお返済することができず、再度破産者の承諾の下に同様の方法で履行期を延期することにし、その際、破産者より金三〇〇万円を追加して借受けたため、この追加分をも含め合計金一、三〇〇万円の履行期を同年五月二一日まで延期したこと、

(4)  麦島建設は、同年五月二一日頃、金六〇〇万円を支払つたが、残金七〇〇万円については返済することができず、右同日これを同年五月二七日までに支払う旨、破産者の諒解を得たこと、

(5)  ところが、破産者は、右最終の履行期以前の同年五月頃、自己が勅河原順三から借受けた金二、五〇〇万円の債務の担保として本件土地を同人に譲渡し、同年五月二五日付をもつて勅使河原順三外四名名義にその所有権移転登記手続をしてしまつたこと、

(6)  他方、訴外麦島建設、同麦島不動産の代表取締役麦島善光は、前記のとおり延期された最終弁済期の同年五月二七日債務の残額金七〇〇万円を持参し破産者に対し約旨のとおり本件土地の所有権移転登記手続を求めたところ、破産者は登記の移転は数日待つて欲しい旨述べたため、不審を感じた麦島善光は右債務の弁済を留保し、登記簿を調査した結果、前記勅使河原らへの移転登記経由の事実を知り、その後破産者に対し本件土地の取戻方を求めるとともに、同人と共に勅使河原に対してもその返還方を交渉したが、同人はこれを拒否し、さらに同年七月二二日受付をもつて、同月一七日の和解を原因として勅使河原順三外四名から訴外大平不動産に対する所有権移転登記がなされたこと

以上の事実が認められ、<証拠省略>のうち右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、譲渡担保契約により担保物件の所有権が移転された場合において、譲渡担保権者は、その権利を担保の目的以上には行使しない義務を負うものであり、従つて、譲渡担保権者が被担保債権の弁済期到来前に目的物を第三者に譲渡したときは、右義務に違反したものとして担保設定者に対する債務不履行責任を免れない。しかして、この場合において、右譲渡のため、被担保債務が弁済されても目的物を返還することができないことが明らかなときは、担保設定者は譲渡担保権者に対し、被担保債務の弁済の有無にかかわらず、右返還不能が確定的となつた時の目的物の価格を、右債務不履行により蒙つた損害として賠償請求しうるものと解すべきである。

本件についてこれをみるに、前記認定事実によれば、破産者は、訴外麦島不動産との譲渡担保契約の約旨に反して、最終的に合意された被担保債権の弁済期到来前に担保物件たる本件土地を勅使河原順三に対する自己の債務の担保のために譲渡し、昭和三九年五月二五日付をもつて勅使河原順三外四名に対し所有権移転登記を経由したものであるから、破産者が訴外麦島建設に対する債権の弁済を受けた場合に本件土地を麦島不動産に返還することは右登記の時点で不能に帰したものというを妨げず、従つて、麦島不動産は破産者に対し、右昭和三九年五月二五日における本件土地の価格を、右債務不履行による損害として請求しうる筋合であるといわなければならない。

2  右損害額につき、原告は、昭和四〇年三月一〇日、前記麦島不動産の代表者と破産者との間において、本件土地の総評価額を金八、九〇〇万円とし、右金額から麦島建設の残債務金七〇〇万円を差引いた金八、二〇〇万円の損害賠償債権の存在について合意した旨主張するので案ずるに、<証拠省略>には、本件土地の時価は八、九〇〇万円相当である旨の原告の前記主張に副う部分が認められるが、他方、<証拠省略>によれば、本件土地の昭和三九年五月二五日当時の時価は金六、六七六万三、〇〇〇円(坪当り金三〇万円)、昭和四三年一月二九日時点においても金八、二三三万四、〇〇〇円(坪当り金三七万円)であることが認められ、右事実と前認定のように破産者は勅使河原に対する金二、五〇〇万円の債務を弁済できず、翌昭和四一年六月二〇日には破産宣言を受けていること及び<証拠省略>により認められる右債務確認書作成に至る経緯に照らせば、右債務確認書記載のように金八、九〇〇万円を本件土地の評価額とし、損害賠償額とすることまで破産者の真意に出たものとはにわかに断ずることはできず、<証拠省略>その他本件全証拠によつても、原告主張のように前記譲渡担保契約締結当時ないし昭和四〇年三月一〇日の右債務確認書作成時において、麦島不動産、破産者間に本件土地の一坪当りの評価額を金四〇万円とし、本件土地の総評価額を金八、九〇〇万円とし、残債務金七〇〇万円を差引た金八、二〇〇万円の損害賠償債務の存在につき合意が成立したことはこれを認めることができない。

しかしながら、<証拠省略>によれば、訴外麦島善光は前記のように勅使河原らから本件土地を取返えすべく交渉したものの、その実現は困難であつたため、昭和四〇年三月一〇日破産者に対し本件土地処分の責任を追求し、爾後の解決策につき話合つた結果、破産者は、本件土地処分について自己の非を認め、なおも土地の取戻しに努力するとともに、もしそれが不可能であれば、少なくとも昭和三九年五月二五日の本件土地処分時の時価相当額を本件土地の処分による損害額とし、右金額から麦島建設の残債務金七〇〇万円を差引いた金額を、麦島不動産に賠償する旨を約し、その旨の債務確認書<証拠省略>を作成したことが認められる。そして、本件土地の処分時の時価が金六、六七六万三、〇〇〇円であることは前認定のとおりであるから、結局、右金額から金七〇〇万円を差引いた金五、九七六万三、〇〇〇円の限度でこれを本件土地処分による損害として破産者が麦島不動産に対し賠償すべきことにつき合意が成立したものとみるべきである。<証拠省略>中右認定に反する部分は信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

四、<証拠省略>によれば、麦島不動産は昭和四〇年四月一九日、破産者に対する右損害賠償債権(以下本件債権という)を麦島建設に対し、無償で譲渡したこと、及び原告は昭和四〇年四月二〇日付をもつて麦島建設に対する前記租税債権の滞納処分として同会社が取得した本件債権を差押え、その履行期限を同月二四日と定めて、その頃該債権差押通知書を破産者に送達したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

五、次に、被告は、右債権譲渡は麦島不動産の取締役会の承認を必要とするところ、右承認を経ていないので商法二六五条に違反して無効であると抗弁するので案ずるに、

本件債権の譲渡人である麦島不動産の代表取締役麦島善光は、譲受人である麦島建設の代表取締役を兼ねており、かつ、無償で本件債権の譲渡がなされていることは前認定のとおりであるから、右債権譲渡については商法二六五条を類推して、譲渡人たる訴外麦島不動産の取締役会の承認を必要とすると解すべきところ、<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、右債権譲渡につき麦島不動産の取締役会の事前の承認はなされていないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかしながら、商法二六五条に違反して取締役会の承認を欠いた行為も絶対的に無効となるものではなく、追認(事後の承認)により最初から有効となると解すべきところ、<証拠省略>によれば、麦島不動産の取締役会は昭和四四年五月二日、右債権譲渡承認の決議をなした事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。したがつて、原告の再抗弁は理由がある。

被告はさらに、再々抗弁1として、右決議には麦島善光が本件債権の譲渡につき特別利害関係を有するにもかかわらず議長として加わつているので、右決議は無効であると主張する。確かに麦島善光は前記の立場からして、本件債権の譲渡につき、特別利害関係を有する取締役であり、<証拠省略>によれば、右承認決議において議長となり、決議に加わつていることが認められるが、<証拠省略>によれば、麦島善光を除く他の二名の取締役全員が本件債権の譲渡を承認している事実が認められるから、麦島善光が右決議に加わつていなかつたとしても、右決議の成立に必要な多数取締役の存在したことが明らかであり、従つて、右決議には被告主張の如き瑕疵はない。

以上の認定事実によれば、本件債権の譲渡は、昭和四四年五月二日、麦島不動産の取締役会の承認を経たことにより昭和四〇年四月一九日の本件債権の譲渡行為時にさかのぼり効力を生じたものというべきである。

従つて、また、右判断と異なり、前記取締役会の承認の時にはじめて本件債権譲渡の効力が生じたことを前提とする被告の再々抗弁2は理由がない。

六、さらに、被告の抗弁2について判断する。

1、前記二で認定したとおり、原告は訴外麦島建設に対し、昭和四〇年四月二〇日現在金一、三三〇万九、二一九円の租税債権を有していたものであるところ、国税徴収法六三条に照らせば、本件において原告が、右租税債権額を超える本件債権の全額を差押えたことになんら違法はなく、従つて被告の抗弁2(一)は失当である(なお、<証拠省略>によれば、本件債権差押調書には、前記租税債権金一、三三〇万九、二一九円のうち、昭和三七年度から昭和三九年度の源泉所得税及び法人税の本税、加算税、利子税及び延滞処分費として金一、〇七二万三、六八二円が計上記載され、右期間中の延滞税については「事後計算」と記載されているのみであることが認められる。しかし、国税徴収法に基づく本件債権差押において、滞納金額の一部である延滞税額につき確定額の記載がないからといつて、直ちに本件債権差押が違法無効となるものではない。)

2  国税徴収法六七条一項、一二九条三項によれば、国税債権の滞納処分による差押の場合において徴収職員は差押債権全額について取立権を有するものである。従つて本件差押債権の取立権に基づいてなした原告の本件破産債権届出に違法の点はなく、被告の抗弁2(二)は根拠を欠くものといわなければならない。

七、以上の事実によれば、原告が麦島建設に対する本件差押えによりその取立権を取得した破産者に対する損害賠償債権は、金五、九七六万三、〇〇〇円とこれに対する催告後(昭和四〇年四月三五日以降)の民事法定利率年五分の割合による遅延損害金である。

したがつて、原告が本訴において確定を求める損害賠償債権元本金八、二〇〇万円中、右金、五、九七六万三、〇〇〇円についてはその理由があるが、右を超える部分は失当というべきである。

また、原告は右損害賠償債権につき昭和四〇年四月二五日から支払いずみまでの遅延損害金債権の確定をも求めるのであるが、破産債権確定の訴においては、破産債権として届出られ債権表に記載された事項についてのみその確定を求める利益があり、その届出債権と異なる範囲の金額につき確定を求めることはできないと解すべきところ、原告が前記破産事件において前記損害賠償債権金八、二〇〇万円とこれに対する昭和四〇年四月二五日(破産債権届出の日)までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金四七八万五、六四八円を破産債権として届出をなしたことは前認定のとおりであり、弁論の全趣旨によれば、右金額が前記破産事件の債権表に記載されていることが認められる。してみれば、原告主張の本件遅延損害金債権は前記金五、九七六万三、〇〇〇円に対する昭和四〇年四月二五日から昭和四一年八月二六日まで四八九日分の年五分の割合による金四〇〇万三、三〇二円の限度で理由があり、昭和四一年八月二七日以降の遅延損害金債権は、その届出がない以上失当たるを免れない。

八、以上の次第で、原告の本件請求は、前記損害賠償債権金五、九七六万三、〇〇〇円及びこれに対する昭和四〇年四月二五日から昭和四一年八月二六日までの年五分の割合による遅延損害金四〇〇万三、三〇二円、合計金六、三七六万六、三〇二円の破産債権の確定を求める限度において理由あるものとして認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用及び補助参加費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九四条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井史男)

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